2025年
ーーー6/3−−− 売れますよ
仕事柄、自分で使う小さな生活小物を、木工で自作することがある。そういう物を、たまたま何かの機会に人に見せると、「これ、売れますよ」などという反応を示されることが多い。木工品だけでなく、蕎麦を打って人に差し上げても、同じような事を言われる。商品として売ったらどうかという意味である。そう言われて、嬉しくないことは無い。作った当人がそのつもりでなくても、商品として通用する品物であると言ってもらえるのは、嬉しいことではある。また、自分が「こんな物」と謙遜しても、他人から見れば魅力がある、価値がある、つまり立場が違えば見方が違う、ということに気付かされることもある。
それはさておき、品物に対する印象を、たちどころに「売れる」ということに繋げるのは、少々違和感を覚える。気難しい性格と思われるかも知れないが、そんな事で金を稼ぐつもりなど無いし、また、た易くできない事なのである。私は、物を作って売るというのは、簡単な事ではないと肝に銘じている。他人に物を買って貰うというのは、様々なハードルの先の世界である。「これ、売れますよ」と言われても、空しく響くだけなのである。
さらに付け加えるなら、品物の価値を金銭的にとらえるのは、世の一般であるが、勝手ながら、品物の価値はその実態、本質で受け止めて頂きたいと思ったりする。職人が喜ぶのは、お金では無く、品物に対する的を得た褒め言葉なのである。
職人の性が出て、いささか頑迷に過ぎた。相手は、「これ、売れますよ」で好意的に、プラスの評価をしてくれているのだから、素直に受け止め、違和感は受け流せば良いだけのことであろう。